オランダ建国までの歴史|何年成立?

現オランダのある地域は、「ネーデルラント(低地地方)」と呼ばれるヨーロッパ辺境の地として知られ、古代から中世までは、ローマ帝国やフランク王国に支配されていました。

 

近世になると、複数の諸侯が分立支配するようになりましたが、15世紀になるとブルゴーニュ家がこれらを統一します。ブルゴーニュ家が断絶すると、代わってハプスブルク家が支配者となりました。

 

そしてハプスブルク家はやがて、オーストリア・ハプスブルク家と、スペイン・ハプスブルク家に分裂し、ネーデルラントの大半の地域はスペイン・ハプスブルク家のものとなりました。

 

スペインからの独立/海上帝国時代

16世紀に宗教改革の嵐が吹き荒れると、スペイン・ハプスブルク家がネーデルラントのプロテスタントを弾圧するようになります。これをきっかけに、ネーデルラント独立の機運が強まりました。

 

1579年ネーデルラント北部7州は、ユトレヒト同盟を結成すると、スペインからの分離独立を宣言。ここに現オランダの基礎ともいえる、ネーデルランド連邦共和国が成立したのです。

 

30年戦争でプロテスタント勢力が勝利し、講和条約であるウエストファーレン条約が締結されたことで、正式に独立が認められました。

 

オランダは、スペインとの独立戦争中も、東インド会社を通してアジア香辛料利権を独占し、大いに繁栄しました。海上の覇権を握る商工業国家へ躍進し、「オランダ海上帝国」を築き上げたのです。

 

フランス革命とナポレオンによる占領

オランダ黄金時代も長くは続かず、英蘭戦争などに代表する外国との国際紛争が続いたことで衰退していきました。

 

そして1789年にフランス革命が勃発し、ネーデルラント一帯がフランス革命軍に占領されてしまいます。ナポレオン失脚までのネーデルラントには、バタヴィア共和国、ホラント王国といったフランス帝国の衛星国が存在していました。

 

オランダ王国の成立

1815年ウイーン会議が開催され、ナポレオン戦争終結後のヨーロッパの領土編成が話し合われ、ここにオランダ王国が成立しました。1839年にベルギーが、1890年にルクセンブルクが、分離したことで現在の国土となりました。

 

第一次世界大戦では、中立を貫きさした被害もありませんでしたが、第二次世界大戦ではドイツ軍に奇襲を受け、占領されます。オランダも中立を放棄し、1941年に太平洋戦争が勃発すると、日本に宣戦布告。連合国側として参戦しました。

 

終戦後は、1949年に北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、1960年ベルギー・ルクセンブルクとベネルクス経済同盟を結成するなど、ヨーロッパにおける重要な影響を持つ国になっています。

 

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